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まだ見ぬ表現を求めて。驚きと感動を届ける<田中刺繍>という新ジャンル【前編】

2024.03.27. Wed.

五泉市 五泉之田中刺繍

ストールに、名刺入れに、袱紗(ふくさ)に。刺繍をデザインとして用いるだけでなく、そのものを生かしたファッションアイテムや雑貨をつくる田中刺繍。驚きに満ちた商品の数々は、見た目だけでなく質感や使い勝手まで細部にこだわりが詰まっています。

糸を刺すから、刺繍

「使っているのはコード刺繍と呼ばれる加工技術。糸を仕入れて、紐を編むところからやっています」と教えてくれたのは、田中刺繍の二代目・田中守さん。コード刺繍とは、紐やテープ、リボンなど、紐状の素材を布地に縫い付ける刺繍加工の総称です。特徴は立体感のある仕上がり。使う素材と縫い方の組み合わせによって印象や風合いはガラリと変わり、無限にバリエーションが広がります。

 

2025年で創業60周年を迎える有限会社田中刺繍は、ニットの産地・五泉にある刺繍メーカー。アパレル商品や服飾雑貨の刺繍加工のほか、刺繍に用いる紐の製造にも取り組み、手芸用パーツとしての紐の販売やコード刺繍技術を応用した多彩な商品企画などを展開しています。

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▲途切れることのない一本の紐でデザインされたTSUNAGUシリーズの名刺入れ。“ご縁がつながりますように”との願いが込められています

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▲雪椿柄のシルク100%ショートストール。透かし編みのように見えますが、これも刺繍でできています

「ショートストールは水溶性のシートに紐を縫い付けてから、シートを溶かして刺繍だけを残した商品です。紐を糸で刺しているので、やっぱりこれも刺繍。一般的なイメージと異なるので、説明してもすぐには納得してもらえないことも多いんですけどね」と笑う田中家の次女・神田玲子さん。同社は、長女の小島裕子さんを含めた三姉弟を中心にした14名の会社です。

 

刺繍の概念を覆すさまざまな商品を見て、次に気になるのはその作り方。工場を案内してもらいました。

 

古い機械を大切に使い継いで

「社員は14名ですが、機械は大小合わせて100台以上。倉庫にしまってあるものも含めるとさらに増えるので、数え切れないくらい所有していますね」と守さん。創業社長である守さんの父が、新しい技術を開発するために買い集めたそうです。すでに生産が終了した機械も多く、中古品で購入したものや「もう修理はできない」とメーカーから言われている廃盤もあり、作業場はまるで刺繍機と紐編み機の博物館です。

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▲ずらりと並んだ紐編み機。歯車の動きに合わせてものすごい勢いでボビンが回転しており、目の前の相手の声が聞こえないほど大きな音が響き渡っていました

芯に糸を巻きつける蛇腹編み、毛糸のような丸編み、テープのように平たい平編みなど、編み方だけでもさまざまな種類があります。使う糸の色や種類、太さ、本数を変えればできあがる紐はまさに無限大。「さらに、紐編み機の回転スピードによって質感が変わります。遅くすると編みがきつくなってしっかりした硬い触り心地に、早くするとゆるくふんわりとした仕上がりになるんです」と玲子さん。

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▲編み合わせる糸の種類を変えれば模様を描くこともできます

続いては、刺繍データの制作工程。刺繍専門のソフトを用いて、配置された模様を一本の紐で縫えるように一筆書きの刺繍データへと作り替えていきます。コード刺繍の商品は、紐との相性を見ながら刺繍データを作り上げていく作業が一番大変だと語る玲子さん。「使う紐の太さや硬さによって密度や縫い幅は変わりますし、日用品なので丈夫さと使い心地も大切。作ってみたけど、もう少し柔らかい触り心地がいいとなれば、紐の編み方からやり直します。何度も何度も試行錯誤を繰り返して、ようやく一つの商品の刺繍データが完成するんです」。

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▲出来上がりを想像しながら糸の密度や向きを選んでいきます

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▲ソフトにインストールされている縫い方のパターンも豊富にあり、表現の幅はとどまるところを知りません

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▲ここから袱紗の制作工程を見学。布地を切るために使う刺繍とレーザー加工の複合機はすでに廃盤になっている貴重な一機。壊れないように、大切に使っています

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▲入力されたデータに合わせて、紐を縫い付けます

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▲最後に生地を縫い合わせて、形を整えていきます。手と足を同時に動かしながら使う昔ながらのミシンは、手を守る抑えがないため扱いが難しいといいます

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▲見栄えが良くなるように紐の隙間を狙って縫い付けるには、熟練の技が必要。田中刺繍でマスターしているのはわずか1人なのだそう

新しい技術やデザインの開拓者

「父は昔から新しいことを考えるのが大好きで、機械や部品を買い集めては『こんなのができた!』と日夜、研究開発をしていました。その意思を継いで、我々も奮闘しています」と守さん。今でも、年に一度は布やテキスタイルの展示会に出展して、新しい技術や新商品を披露している同社。この展示会に出展している刺繍メーカーは全国で数社ほどだそうで、技術開発や販路拡大への熱意が伺えます。

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▲展示会に出展するため、社員みんなで日々新しい表現方法を模索しています

「展示会で『ニードルパンチで一世を風靡した田中刺繍さんですか?』なんて声をかけられたこともあるんですよ」と笑って教えてくれた玲子さん。ニードルパンチ刺繍は、ワタを布に刺す刺繍加工の一つですが、なんと日本で専用のミシンが発売される前から自作の機械を使ってニードルパンチ刺繍を施していたのだとか。そんなびっくりエピソードがいくつも出てくる田中刺繍。常に時代の先を行く技術への飽くなき挑戦の根底には一体何があるのでしょうか。後編では、地域に育まれたチャレンジ精神と越品とのこれからについてご紹介します。

 

 

有限会社田中刺繍

〒959-1834 新潟県五泉市木越1158番2

電話:0250-43-4532

 

取材・文章:鵜野梨奈(ザツダン株式会社)

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