加茂市・田上町 板餅(いたもち)

今では全国に数社しか残っていない希少な製法で「板餅」を製造する渡英商店。つきたてをすぐに真空パックにするため、餅本来の豊かな風味を楽しめることが最大の魅力です。渡英商店が板餅の製造を始めたのは昭和40年代ですが、その創業は明治のこと。白玉粉の製造が出発点でした。

戦中戦後の荒波を乗り越えて、創業130年

初代・渡辺虎平は明治20(1187)年に山世商会(後の渡英商店)を創業すると、大正に入る頃には白玉粉の大量生産技術を確立し、日本一の生産量へと拡大させます。しかし日本が戦争に突入すると山世商会の勢いは失速し、終戦後はGHQの米の統制によって生産ができなくなってしまいます。会社は一旦解体しますが、ヤミ米を風呂場で引いて白玉粉の製造は続けられました。1950年代に入ると戦後復興の波に乗るように売上も順調に伸び、3代目・渡辺英一によって山世商会は「渡英商店」と名前を改めます。

現在の代表、渡辺隆行さんは5代目。

餅の製造を始めたのは、1965年頃のこと。経済成長に伴う大量生産・大量消費の時代の到来によって、白玉粉の価格競争が激化し、新たな経営の柱が必要とされた背景がありました。新潟の良質な米を原料にした餅は県外でまたたく間に人気となり、後を追うように県内の同業者が続々と参入。新潟で餅製造が盛り上がるきっかけとなりました。さらに長期保存ができる平型の包装餅として販売した「板餅」は続いて大ヒットし、渡英商店の新たな看板商品となったのです。

現在の渡英商店の工場。板餅はここで作られています

80年代に入り、国内で核家族化が進むと、餅は一個ずつ小分けにした個包装が主流になり、板餅の売上は低迷。やがて時代はバブル崩壊からの不況へと突入し、渡英商店も苦難を強いられることになります。それでも伝統を絶やさぬよう、板餅の製造は続けられてきました。

越品スタッフの心を掴んだパッケージ

越品スタッフの陸(くが)は、ある日雑貨店で気になる商品を見つけます。心をつかんだのは「蜜になる砂糖」という文字。味のある筆文字が、さらに興味を掻き立てました。「どんな会社が作っているのか気になって、ネットで検索したんです。渡英商店のホームページを見て、板餅を知りました」。以前は食品担当として餅も扱っていた陸でしたが、「こんなお餅、見たことない!」と衝撃を受け、すぐさまバイヤーに推薦しました。

渡英商店の「蜜になる砂糖」と、新商品「しゃくねつ地獄から生まれた塩」。

「周りの人に聞いても知っている人がほとんどいなくて。こんなにおもしろい商品があるのに、もったいないと感じました。板餅のような商品こそ、越品でご紹介すべき商品だと思ったんです」と、陸は振り返ります。

「板餅を初めて見た時は驚きました」と語る、越品スタッフの陸絵美

印象的なパッケージをデザインしたのも渡辺さん。「この砂糖は色々なお店で取り扱ってもらっている人気商品。パッケージがPOPの役割を果たすことを考えて作りました。筆文字を書いてくれたのは弟の奥さんなんです」。

渡辺さんのユニークな発想が引き寄せた、板餅と伊勢丹の出会い。この冬、渡英商店の板餅はNIIGATA越品に初登場します。

老舗を継いだ人たちの希望になりたい

東京の商社に勤めて20代を過ごした渡辺さんは、2004年に渡英商店に入社し、2018年6月に代表就任。現在は老舗再建を目標に取り組んでいます。最初の段階で徹底したのは、節約のための「自力主義」でした。「いくら売上を増やしても、でていくお金が大きいと意味がありません。再建中の老舗ではあらゆる物が古くなり、機械が壊れ、建物も壊れ、全てには設備投資できない状態に陥ります。私たちの工場はほぼ全てを、自力で考え、自力で作り、自力でメンテナンスしてきました。そうやって浮いたお金を商品開発に回しています」。渡辺さんはそのために溶接の免許まで取得しました。

「板餅の製造法が一番おいしい餅を作れると信じています」と、渡辺さんは自信を見せます

製造する板餅の2/3は、飲食店などで使われる業務用。他社の撤退によって売上は伸びていますが、まだまだ楽観視できる状況ではないと言います。「老舗の跡継ぎというと恵まれているイメージを持たれるかもしれませんが、決して順調な会社ばかりではありません。老舗には会社の大小とは全く別次元の評価軸が必要だと思います。会社を維持や継続させるのは、それくらい難しいことだと実感しています。新潟は歴史が長い会社が多く、それだけ跡継ぎも多い地域。私が経営を成功させて、そんな方たちにエールを送ることができればと思っています」。今、渡辺さんを勇気づけているフレーズが大好きな映画の「やろうぜ!勝負はこれからだ!」というセリフ。口にするとモチベーションが高まるそうです。

製品パッケージはどれも渡辺さんを中心に自社でデザインしています

玄米を使った板餅、スピード調理ができる「はやぶさ」、オリジナルのイラストがかわいい「一升餅」、POPいらずの「蜜になる砂糖」、その姉妹品「しゃくねつ地獄から生まれた塩」。全て渡辺さんを中心に自社スタッフだけで考案してきました。3年前にはデザイン部、通称「EI.TA」も立ち上げました。

たくさんの人の応援があったから、ここまで来られた。そう語る渡辺さんは、渡英商店と自分を支える大切な一人として弟の幸治さんを挙げました。「いつも相談に乗ってくれる最高の弟。渡英商店の社員であり、加茂市でマチトキというカフェも営んでいます」。お店の看板メニューの「しらたまあんみつ」には、渡英商店の白玉粉が使われています。

「今後は食品だけでなく、新しい分野にも挑戦したい」と内緒の試作品もいくつか見せてくれた渡辺さん。「どんなに大変でも続けていけるのは、やっぱり自分たちが生み出した商品がかわいいから」と語る頭の中には、どんな新商品や新展開が描かれているのでしょうか。とても楽しみになりました。



株式会社渡英商店
本社工場:〒959-1378 新潟県加茂市駅前7-4
電話:0256-52-0358


取材・文章・撮影:横田孝優(ザツダン)