加茂市・田上町 板餅(いたもち)

お正月の食べ物の代表格、お餅。自宅で食べる場合は個包装や袋詰めの物を使うことが多いのではないでしょうか。ところが、渡英商店のお餅はちょっと違います。4×4で区切られた白い長方形は、まるで大きな板チョコ。ひとつずつ割って食べるそのお餅の名前は「板餅(いたもち)」といいます。全国でも珍しくなった幻の製法で作られる板餅は、多くの根強いファンから支持されています。その魅力は何なのでしょうか。

懐かしさが新しい、割って食べるタイプの餅

縦24.5cm×横19cmの板餅は、ほぼB5サイズのコピー用紙と同じ大きさ。「一般的な市販のお餅の厚さは約15mm。板餅はそれよりも薄い12mmのため、火が通りやすい利点があります」。渡英商店5代目の渡辺隆行さんはそう言うと、手際よく筋目に包丁を入れ、ひとつずつ割っていき、焼き餅にして振る舞ってくれました。普段食べているお餅よりもしっとりとして餅米の香りを感じます。

筋目に沿って切れ目を入れ、包装ごと割るのがコツ。残りはラップにくるんで冷蔵庫で保存します

「こちらもどうぞ」と差し出されたのは、玄米餅。口の中に入れると、香ばしい風味が広がり、程よい粒感。白いお餅ほど伸びがなく歯切れがいいため、子どもやお年寄りにも食べやすそうです。「玄米は体に良いのが魅力ですが、炊くのに手間がかかることや、家族が好きじゃないと続けにくいのが欠点です。玄米餅なら手軽においしく玄米生活を始めることができます」。

白いお餅とは異なる風味を楽しめる玄米餅

どこか懐かしさを感じさせるパッケージも板餅の個性を際立たせています。実は渡辺さんがデザインしたもの。「自分の手でデザインしたり作ったりした商品は、まるで自分の子どものようにかわいくてしょうがないです。愛着が生まれるので、営業にも力が入ります」。子どもの一歳を祝う「一升餅」のかわいいイラストも渡英商店オリジナルで、一個ずつ手描きしているそうです。

大事なお祝いの日を飾る一升餅。一つひとつ心を込めてイラストと名前を入れます

全国でも珍しくなった、昔ながらの作り方

「ご安心下さい!板餅は無くなりません!」。これは渡英商店のWEBサイトの最初に表示される文字です。餅業界は個包装が主流になり、板状の包装スタイルで製造をするメーカーは全国で数えるほどになってしまいました。それでも渡英商店は昔ながらの作り方にこだわり、その魅力を発信し続けています。工場を見学させてもらいました。

原料の餅米は、玄米の状態で入荷。一日の生産量約2000枚に使われる約15俵の餅米が一度に精米されます。

40年以上使われている精米機。業者まかせにせず、自分たちの手で修理をするそうです

洗米し、6時間以上水につけてから、蒸気機関車のような巨大ボイラーで餅米を蒸します。白い湯気を吹き出し、周囲に熱気を放出する機械。しばらくすると、ごはんが炊けるいい香りがしてきました。

昭和40年代から使われるボイラー。新潟で残っているのはこの一台だけと言われています

次は餅つきの工程。市販の機械では差別化ができないため、渡英商店では機械の部品を作ったり、金属を削ったりして、餅つき機を独自改良。なめらかにつく、荒くつく、といった調整をしています。餅つき機は企業秘密のため、残念ながら撮影NGでした。

しっとりとした質感の餅がつきあがりました。
つかれた餅は、あっという間に袋へと充填されていきます。袋の底面に平行に餅を入れないといけないため、熟練度を要する工程です

つきたてを即真空パックするから、風味そのまま

餅ができあがってから密封されるまで数分。この速さが、おいしさの秘訣です。現在主流となっている製法では、餅を冷蔵庫で凝固させてから裁断機で切り、それを個包装や袋詰めにするのですが、その間に湯気と一緒に風味が逃げてしまいます。水分量で比較すると、板餅は約3〜5%多く、これが風味に差をつけるのだそうです。

ローラーで餅を伸ばし、袋から空気を出します。
機械で密封して、真空パックの完成です

金属探知機でのチェックをクリアした後に待ち受けるのは、「リテーナ入れ」という最も特徴的な工程。金属製の型に餅を入れて、筋目をつけます。少しでもずれると均等な大きさに割れなくなってしまうため、高い技術が求められる作業であり、それが餅業界からこの製法が消えつつある理由のひとつです。

まだ熱々の餅を寸分狂わず入れていくのは、見た目よりも難しい作業です。

リテーナに入れられた餅は90℃前後の湯に25〜30分間、その後に常温水に20分つけられます。殺菌や2次調理を施すと同時に、膨張と収縮によって餅にしっかりと筋目をつけるためです。リテーナから取り出された餅は、さらに15℃以下の冷蔵庫で24時間かけて冷却。全量目視チェックを経て、出荷されます。

リテーナごとお湯の中に入れて、ボイル殺菌。奥に見えるのが冷却槽です
できた餅は一枚ずつ「へぎ」の上に並べて、冷やされます
ライトを照らす検品方法も板餅の特徴。内部が透けて見えるので、目視でのチェックが可能です

後編では、渡英商店の130年以上の歴史を紐解きながら、5代目として家業を受け継いだ渡辺さんの会社や商品への思いに迫っていきます。



株式会社渡英商店

本社工場:〒959-1378 新潟県加茂市駅前7-4
電話:0256-52-0358


取材・文章・撮影:横田孝優(ザツダン)