<絽紗(ろしゃ)>の美を生む最後の仕上げ。織物産地を支えてきた「精練」という伝統。
2020.5.25. Mon.
五泉市 五泉精練
絹織物製造の最後にある「精練」という工程。専門工場に委託されるほど、腕と経験値が求められる特殊な技術です。五泉市の横正機業場が製造する<絽紗(ろしゃ)>のストールや着物の白生地の精練すべてを担っているのが、「五泉精練」という工場。全国の織物産地から精練工場が消えつつある中、地域内に精練工場があることは五泉にとって重要な意味を持っています。
不純物を取り除く「練り」の技
精練の目的は、生地についた不純物を取り除くこと。その主な物質がセリシンという成分です。精練前の絹織物は硬さを感じる触り心地ですが、表面に付着したセリシンを取り除くことで、気品ある輝きと軽やかな風合いが生まれます。
▲ 「五泉の織物の価値を高めるために精練は重要」と語る木村工場長
「工程は、準備・精練・整理・仕上げの4段階に分けられます」と話してくれたのは、工場長の木村彰さん。準備の段階では、メーカーから届いた生地を丸められた状態から広げ、吊り下げるための紐をつけます。精練でもっとも気を遣うのが「擦れ」や「折れ」を作らないようにすること。これらは織物を染めた時に「染めムラ」の原因になってしまうためです。準備の段階で生地の間に布や網を入れ、精練の時に擦れたり折れたりするのを防止します。
▲ 擦れや折れを防ぐために、生地と生地の間に網をはさみます
▲ 吊り下げるための紐をつけたら、準備の工程は完了
清らかな水で、何度も何度も
いよいよ精練の工程。薬品を溶かした60度から70度のお湯に生地をつけます。「油抜き・荒練り・本練り・上練り・湯練り」の5回に分け、使用する薬品を変えながら、少しずつ不純物を除去。一気に精練をしてしまうと、それも染めムラの原因になるためです。「精練の時間は生地によってことなります。絽紗のストールは、精練にトータル6時間半ほど。厚い生地だとさらに時間がかかります」と木村さんは説明します。お湯を張った精練バス(生地をつけるための水槽)からは湯気が立ち上り、工場内には熱気が充満。夏は過酷な作業になるそうです。
▲ 無数の精練バスが並びます
▲ 紐を竹の棒に通して生地を吊り下げ、精練バスにつけます
▲ 湯気が立ち上り、工場内の温度を上げていきます
精練に使われる水は、地下140メートルから150メートルの深さから組み上げた井戸水。濾過してから、軟水機に二回通して使用しています。織物製造でも五泉のきれいな水が重宝されていますが、精練でもこの豊かな水は欠かすことのできない要素です。
▲ 精練した生地を巻く工程
精練の次は、整理の工程。いくつものローラーを備えた機械に生地を通します。ローラーの温度は45度から55度。濡れた生地を乾燥させていくのですが、その際に生地が少し縮んでしまいます。そこで次に来るのが「幅を出す」ための工程。霧吹きで水をかけ、熱を加えながら軽く引っ張ることで、アイロンのように生地を延ばします。
▲ 全自動で生地を巻き取り、熱を持ったローラーで乾燥させていきます
▲ 手前から奥へと流れていく生地。両方から引っ張ることで、生地を延ばします
最後に、仕上げ。柔軟機にかけ、検反で汚れなどのチェックをしたら、産地名の判子を押せば、工程はすべて終了です。織物メーカーへ返送します。
▲ 柔軟機。上下から圧をかけて柔らかくします
▲ 目視で汚れをチェックする検反
▲ 完成品に押される判子。メーカーごとに番号が割り振られ、奥に見える「18」は横正機業場の製品であることを示しています
五泉に精練所がある意味
五泉精練工業、のちの五泉精練が誕生したのは1947年。2年前に起こった五泉大火からの復興のため、組織改編して発足した五泉織物工業協同組合と新潟県の共同出資によって設立されました。織物業界では、自分の地域で精練することを「地練(じねり)」、よその地域で精練することを「他練(たねり)」と言いますが、五泉は高品質の白生地生産を実現するために地練の体制を整備したのです。
▲ 絹の白生地
近代化とともに着物離れが進み、精練工場を持つ織物産地も減少。五泉精練では、福島県・福井県・滋賀県などからの依頼にも対応しています。ストールの<絽紗(ろしゃ)>を製造する横正機業場の横野弘征専務は「精練は織物製造の最後の工程。精練の出来栄えが織物の完成度を左右します」と、精練の重要性を訴えます。
生地が変われば、精練の仕方も変わります。織物メーカーが新しい生地を開発して生産体制を確立するためには、精練工場の協力が必要不可欠です。製造と精練の距離が近ければ近いほど、新製品開発のフットワークも軽くなります。
▲ <絽紗>のストールに使われる生地
「絽紗のストールをはじめ、横正機業場さんの新しい取り組みは、五泉精練にとってもいい刺激になっています。私たちには、長い歴史の中で無理難題に答えてきた経験がある。その蓄積を生かしていきたいですね」と、木村さんも新しいチャレンジを歓迎していました。
<取材後記>
「精練工場」という文字から、どんな作業をしている工場か絵が浮かぶ人がどれほどいるでしょうか。精練することを「練る」とも言うそうですが、さらにさっぱり。ところが、精練前と後の生地の触り心地を比較すると、その差は歴然。仕上がりの品質を担う重要な工程であるのが素人の私にもすぐに理解できました。「精練は信頼できる工場にしか頼めない」という横野さんの言葉も頷けます。織物製造と精練が同じ地域でできることの価値。誰かに話したくなる知識がまたひとつ増えました。
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