川上未映子さん
「わたしは、伊勢丹に転がされている」

4月に”スタイリング&ストーリー”という考えのもとコンセプトチェンジする伊勢丹新宿店本館3階=リ・スタイルでは、作家の川上未映子さんが手がけるオリジナルストーリーに合わせたスタイリングをご提案。「伊勢丹新宿店には大体、一カ月に3〜5回くらいのペースで行きます」と語る、自他共に認める伊勢丹愛好家の川上さんに、伊勢丹でのお買物の魅力について聞きました。

Q.初めて伊勢丹にいらっしゃった時のこと、覚えていますか?

ええ、覚えていますよ、28歳くらいだったかな。洋服は子どもの頃から好きだったのですが、ファッションとは単に自分が楽しめる範囲内での付き合いでした。なので伊勢丹が「ファッションの聖地」と言われることも知らなかったのですが、色んな人と仕事をするようになって、「やっぱり伊勢丹」「伊勢丹は最高」とみなさんおっしゃるのを聞いて、好奇心がむくむく膨らんでいきました。それで、初めて伊勢丹の売場を見た時はびっくりしましたね。だって、例えばそこに〈マルニ〉があって、かと思えばその隣にはまだ誰も知らないけどものすごく尖ったニューカマーブランドのものが「リ・スタイル」の売場にあったりするんですよ。もし”赤い色の服”が欲しいとなったら、伊勢丹にはメジャーもマイナーもすべてひっくるめて、その時代の最前線にいる赤い服だけが並んでいる感じがして、自分にとって特別な場所になるまでにそんなに時間はかかりませんでした。

Q.印象に残っている伊勢丹でのお買物はありますか?

印象に残るのは、やっぱり衝動買いということになるのかも。何気なく店内を見ている時に、思わず「これ……!」と声に出したくなるようなものと出会ったときはやはり記憶に残ります。ただ、記憶に残るという意味だと、どちらかと言えば買ったものより買い逃したものの記憶の方が鮮明です。私はよく好きなブランドの昔のコレクションのアーカイブをネットとかで見るんですね。例えば〈MIU MIU〉や〈バレンシアガ〉、〈ヴァレンティノ〉とか。そうすると「あ、このお洋服、あのとき伊勢丹で見たんだよなあ」ということがたまにあるんです。それだけならまだしも、中には「あれは買っておけばよかったな、欲しかったな」みたいな記憶もあるわけで…。
実はこのインタビューの前にも伊勢丹新宿店に行ってきたんですよ。〈カルティエ〉で気になる指輪があるんです。大きめのパンテールなんですが、高価なものだし、50歳になったら自分へのご褒美に買おうかな、とぼんやり思っていたのですが、近々廃盤になってしまうと知って。国内にももうふたつしかないということで、心が揺れていたんです。そうしたらお店のかたが、「じつは今日、ご用意しているんです……」っておっしゃって。そんな、まったく気軽に購入できるものではないし、どうなるんだろう、これは困ったぞ、と……(笑)。
もちろん実物は溜息がでるほど素晴らしくて、しかもお店のかたが一生懸命探してきてくれたものです。「このさき、この子(パンテール)が指からわたしを応援してくれたら、これからも仕事を頑張っていける、買うしかないだろ!」という声と「いやいやいやいやちょっと落ち着いて、ゼロが一つ多いから」という声が心の中で葛藤しながらいざ身に付けてみると……サイズがちょっと大きかったんですよ。それでなんとかその場は収まったのですが、この記憶もきっと忘れがたいものとなるでしょう…。

心の葛藤を思い出す川上さん。

これはファッションに限ったことではないかもしれません。例えば、あの時に言いたかったけど言わなかったこと、行きたかったけど行けなかった場所など、どうもそっちの方に後ろ髪を引かれるところが私にはあります。なのでお洋服やアクセサリーも、伊勢丹で確かに見たけれども、一瞬目が合ったけれども、結局私のところにはこなかったものの方が記憶に残っているような気がします。そういう記憶も含めて、伊勢丹に訪れる度に色とりどりの思い出が浮かんでくるので、伊勢丹は私にとって、どこか懐かしいような場所でもあるんですね。

Q.伊勢丹にいらっしゃるお客さまの印象は?

なんと言ってもオシャレですよね。特に、ご年配の方々のファッションは印象的。私のような若輩者から見るとこう、服装にはほどほどに気を使っていらっしゃるのかなと思っても、ふと手元を見るとものすごく品のあるアクセサリーが光っていて、そのさりげなさが実にエレガントで感動することがよくあります。一方で、上から下まで今季の最新ものしか身に纏わないという方もお見かけしますし、人それぞれが思い思いに楽しんでいるように感じて、おめかしっていいなと改めて思わせてくれますし、何歳になってもああやって遊んでいいんだなと勇気づけてもくれます。

あとは、お客さんとお店の方々の距離感がいい意味で不思議なのも伊勢丹の面白いところだと思います。友人とも違うし、いつも行く美容院のスタイリストさんとも違う。でも私の好みをよくわかってくれていて、とても安心感があります。独特の関係性が個人的に心地よくて、だから担当のかたから「お好きそうなブラウスが入荷しました」なんて連絡があると、まず写真を送っていただいて、素材やサイズ感などを伺ったりします。本当によくしてくださるから、外仕事で30分でも時間ができると、「あ、会いに行かなきゃ」という気持ちになってつい急ぎ足になってしまいます(笑)。

『文藝別冊 KAWADEムック 川上未映子 ことばのたましいを追い求めて』には、川上さんのエッセイ「おめかしの引力」のトリビュート作品である「伊勢丹奇譚(俳人:佐藤文香氏作)」が収録されています。

Q.伊勢丹でのお買物を楽しむコツを教えてください。

オシャレなお客さんが多いし、「ファッションの聖地」というイメージもあるし、伊勢丹はちょっと近づき難いなあという印象をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。でも、いざ店内に入ってしまえばきっと、それほど気張らなくてもよかったなと思うはずですよ。先ほどご年配の方のファッションについてお話ししましたが、若い方々の装いも実にさまざまで、伊勢丹に行くためにちゃんとおしゃれをしてきたんだなという方もいますし、まったく意識せずナチュラルに遊びにきているような方もいる。ほとんどノーメイクでラフな格好で、ハイブランドのお店やコスメを楽しんでいるのを見ると、すごくかっこいいな、と感じます。そういったお客さんの多様性は品揃えにももちろん反映されていて、ファッションが好きで好きでしょうがない方のためのものから、あくまで身だしなみとして整っていれば十分という方のものまで、とにかくその幅の広さは圧巻。もっと言うとファッションに限らず、地下1階の食料品フロアや2階のカフェにもよく行くし、7階のレストランも楽しみのひとつです。例えば私が新宿店に行った時は、お洋服は買わずとも地下1階でお気に入りのキムチだけは買って帰ったりします(笑)。でも、キムチだけを買うような、気軽な伊勢丹の楽しみ方だって全然ありなんですよね。
気持ちが上がるようなサプライズが各フロアにありますし、私なんて大げさじゃなく、伊勢丹にいれば朝から晩まで過ごせちゃうんですよ。洋服を見て、コスメを見て、ちょっとカフェで休憩して、インテリアや子供服を眺めて、食料品を買って帰る。こうしているとあっという間に一日が終わります。わたしは旅行もあまり縁がないし、グルメというわけでもないし、お酒もあまり飲めませんし、ふだんは家事と育児と仕事だけ。伊勢丹は、そんなわたしの唯一の趣味なのだと思います。季節はもう春ですから、どうぞお気軽に遊びにきてください。…ってもはや、私がスタッフさんみたいになっていますね(笑)。

リ・スタイルの2020SSスタイルブックでは、この春に登場する新作アイテムなどからインスピレーションを得た川上さんのオリジナルストーリーがなんと3編も収録されています。また、店頭ではそのストーリーをベースに、川上さんの世界観が投影されたようなビジュアルデザインを展開。伊勢丹を愛する川上さんの世界が広がる新しいリ・スタイルをぜひチェックしてください!

川上未映子さんによるオリジナルエッセイが収録されたリ・スタイルの2020SSスタイルブックはこちら!
(公開は3月11日(水)からとなります。)

PROFILE
川上未映子:1976年8月29日、大阪府生まれ。 2007年、デビュー小説『わたくし率イン・歯ー、または世界』が第137回芥川賞候補に。同年、第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ・さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞受賞。2010年、『ヘヴン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞受賞。2013年、詩集『水瓶』で第43回高見順賞受賞。短編集『愛の夢とか』で第49回谷崎潤一郎賞受賞。2016年、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞受賞。「マリーの愛の証明」にてGranta・Best of Young Japanese Novelists2016に選出。2019年、『夏物語』で毎日出版文化賞(文学・芸術部門)受賞。他に『すべて真夜中の恋人たち』『ウィステリアと三人の女たち』や村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』など著書多数。『早稲田文学増刊・女性号』では責任編集を務めた。

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